18日
面白いなものは「940」だ。関係が無い覚えについて別に強い記憶力がないけど「940」は給油所で旅の開始にレシートへ書いた。タコメータは71940と表した。10:30 電話会話、11:14給油所、今回珍しくレギュラーだけ、ほとんど全部今日は尽かすようにのだ。10パーセントエタノール、どうもウルスラヴォンデルヒトラー。(バイクは本当にエタノールに混交率は設定が無いけど、薄い物が冬季なくても少しだけタンクで泊まって大丈夫そうだ。)
レシートへ書く時にすでに不確かの覚え疑問あった。確かに、940、25ユーロはした金、給油お姉さんが5セントが無かったから「問題ない」と言った。「静かなシフトも祈る」と言った。いい答えも受けた。長い旅するところ、機嫌不明、船頭通行力金を払いほうがいい。怖くて給油所は旅行の寺のようになる。チップは聡いともった。丁寧さは5センチより大変かもしれなかった。
1.5リトル高いミネラルウォーターとモンスター一缶あった。二個クッキーパケットとキャンプ料理道具あるけど、米が忘れた。ある日の晩は見つけ出す、窓の桟に、よく封じているのアイスクリームのタブの中で。欠如は見つけたときに三つの肉料理品が申し出るくれた。各々おれのバイク旅は大変な熱疲労も低栄養は特徴がある。
行きブラチスラバ中央ロゾルノへはZáhorská Bystrica通のだおもしろい。都内都外分からない。実は内外だ。ブラチスラバは路面電車に繋がれた15町だがZB はその繋げない。本当に田舎、場所から遠い場所。
ロゾルノ後に地図は501二級道路と表す。501は頼もしい「旧道」だ。各国は自分のルート66名乗るものがある。米国の似る物じゃなくたらなんでもないだから、しかし、背中が太陽あるときに501は本当に特別な走りだ。優しい道路けど多いコーナー、四方へ素晴らしい景色。西は城と山森と東は長い畑。なんとなくバカ野郎は142に改号はじめた。問題はPernekで始まって、Pezinská Baba峠の一方端点。改号からどんなに脳に印してでも、今は他の国いる感じがある。大排気量バイクライダーもそこ迷ってスマホ地図を確かめたから俺は寂しくなかった。出かけ時に警音通りに励まされた。
午後4分はKuchyňa の入り口に顔を診るために止まった。Silium II 銃スポーツ用メガネと開けたバイザー走りが好むから時々に面白い事が起こる。大きなはちみつは メガネ上に前額に打った。止まる時に生き残って、ヘルメットの中に隠したかった子。葉を見つけて草に落とした。ぐるぐる巡って歩いた、はっきり驚いた、多分傷付かられた。もっと助けるのは望んだ。
半時間後に、Bukováで止まった。なんとなく特別な自然地帯「カルパチア」の中で存在する町だ。さらに、守った貯水池もある場所。廃墟ホテルの壁でサインの跡を見つけた:「保全地域にキャンプ禁止、釣り禁止」。廃屋の裏で、五台テント、他面二十本釣り竿だった。足が沈む場所でも死んだ大きい魚ある。貯水池の南際へ行ったことつもりあったけど別の新しいサインは「特別の少年少女しか入らない」といった。所有者だけ。それではライダーには見逃す方がいいけど、胸糞悪いから全然興味失った。クッキー食べて旅を帰り続いた。元々にBuková 森道を撮りたかったけど、東の際はより面白いから静かにライドを楽しんだだけだった。SNSが無くていい。偶然に、当時に日本人バイク愛好家「junk motorcycle」は驚きほど似ている森道走り動画アップした。
Sobotište 良かった。走り中、意図的に食べ物を買いおろそかにして(地元の生協店舗は全部ちょっと俺の到着前に土曜閉店した)米を忘れて、ウォールナットケーキだけたべて門スター飲んだ。面白い地元歴史と聞いて、ちょっと歩いて、友達のおしゃべり家族からよく休まなかった。子供へバイクを説明した。友達は知り合いへ電話して、外国語先生の仕事のお尋ねについてけど、残念ながら村は最近先生を見つけ出した。しょうがねぇぇ
統一出発時間忘れた。友達は車で、俺バイクで。子供が鍵を回して、エンジンをスタートさせた。19時前に給油所で止まった、燃料のためにじゃなくて、大きい入り雲を撮ってために。Šaštín-stráže より502南へ選んだのだ太陽は顔の前に欲しくなかった。面白い事起こった、Horné Orešany を巡って Suchá nad Parnou とDolanyに行った。村は簡単に配管を崩れて二級道路好きな時間でブロックすることができる。
帰り道
本当にTrnava 到着すろことが信じった。回り道は地図によって半分以上へ出来たといった。結局サインは崩れた村の向かいも(左腕に)Modra向かいも表して、そこへ走った。数村後に本当にModra通した。面白い町だ!今も502の町内の進行が良くわからない。502に辿ったか辿らなかったどちらかわからない。Dukelská 通じて行ったらその字体がサインに説明しない。工業地域通じて次のT-junction でBratislava の向こうが指示さない。Dukelskáに代わりに綺麗な古町に行った。面白い会堂や(最も東の)遊歩道見た。いつ帰りたい。502に再接続点は止まれサインだけ、左右方向説明しないだから生き抜いた。クッキー食べて通り過ぎている車を眺めていた。スマホでosmand 地図連れてきたけど頑固にポケットに入れること拒否した。携帯ホルダーも家で残して、メガネ箱がハンドルバー付いた。地図何回使っていたがいつもスマホはバッグの中のクッキー箱へ戻った。スマホ使いは望ましくない提案にした。
無名T痛点撮った瞬間にクールチョッパー乗っている人見た。いいだよ、と思った。同じ脳損傷ある。友達に電話するこつもりがあったけど、到着時間わからなかったんだからそのままに続いた。昔その近所住んでいた他の友たちも思い出した。ちょっと謎を解くところの感じだった。
Modra 後にPezinok だ。西スロのライダーは良く知る、Pezinská Babaの南側端点。変な既視感のような意識が始まる。場所が認めるんだ認めるはずだ。実は見たことがある から、既視感じゃない。記憶です。旅と穴場冒険は終わっている。普通の人生の臭いが刺さる。そこ、数年間まえに訪ねた車検場通り過ぎて、ほら、知ったピザやケバブ屋。ワイン一本は理由が無くて買いたい。
友達の道へターンした。電話取らなかったら豆腐買って帰り道続いた。シャワー終わりまでに外は雨が始まったからバスローブ着てバイクをおおった。マフラーはまた扱ったけどブランケットしょうがない。
良く寝ていた。夜通し雨が降った。朝は晴れっていたがそろそろ変わった
19日
7月19日の24時間から15-16時間以上寝た。日曜良く雨が降った。夢見なかった。目覚めるときに、包丁と料理電気器具を使われるときに食べた。今まで回復期に毎日散歩しようとした。普通にパーラメントの見晴らし訪ねた。相棒へゲームのためにやむ過ぎるだからキャンセルと説明した。分かった、両方は事情があったから問題ない。
過去にキャンセル人は刺したかった、俺はキャンセルなきゃ時に義理をおろそかにすることとっても後悔した。全員は年齢に集めて同ように落ち着いたこと良かった。散歩帰り道中お隣の庭で猫がみた。庭木戸したにパンケーキ這った。撫で充分あとに壁に尿して、パンケーキ這って、冒険に帰った。
パーラメントでオーストリアの丘見たら良く笑った。一年のほとんどそのクソ丘見たら、強い旅行望み感じます。特別の丘じゃなくてもいつもそのような丘が登って、通り過ぎて旅欲望を苦しむ。しかし今は旅完了した。より良い山が見た。より強い、森ある、保護やまの際で旅した。晩の空はVice City 色があって、その興味が無い平凡丘に光っている。脇腹ちょっとだけ痛んだ。